表題: | [ism-topics.168] Gourmet of Class-C (Sirayaki) |
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投稿者氏名: | 今井 祐之 |
投稿日時: | 1999/12/19 02:14:08 |
ジャンル: | 連載記事(C級グルメ) |
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ISM研究会の皆さん,財布の軽いブリア=サバランこと今井です。今回は, 私は“やられた君”ではなく,“しまった君”です。この二つの人格を区別す るのは,自己責任の大小です。“しまった君”は,店の責任と言うよりも,私 自身の無知のせいで悲惨な体験をした時に,どこからともなく出現します。 今回紹介するのは,関西風鰻屋で食べた白焼きです。ほんの少しだけ私に知 恵があれば,避けられたかもしれない惨事でした。 ************************************************** もう随分と前のことである。私は早稲田に住んでいる友人と高田馬場をぶら ぶらしていた。するとあの香ばしい香りが漂ってくるではないか。その香りに 誘われて,気が付いたら鰻屋に入っていた。 椅子に座って品書きを見るも,これは一種の習俗的・儀礼的行為である。そ んなもの見なくても,食べるものは決まっているのだ。 蒲焼きが来るまでに肝焼き,白焼きで一杯やるのは,この上ない幸せだ。確 かに蒲焼きのたれは鰻の旨さを引き出すけれども,鰻本体の旨さについて言う と,白焼きを食べた方がよくわかる。 思い浮かべてみたまえ。湯気の立った熱々の白焼きにワサビをほんの少し載 せ,ちょいと醤油に漬け,すかさず頬張る。一体どこに隠していたのか,こく がありながら軽やかな鰻の旨みが口の中でとろけ出し,喉の奥まで続いてい く。“ほふっ,ほふっ,ふへぇー”──うめぇーと言いたいのだが,興奮のあ まり言語にならない。 想い出しただけで,あなたの頭の中には,どじょうの親分のような野暮な外 見からは想像もつかない,ふっくらとして,むっちりとした白い肌が思い浮か んで離れないのではあるまいか。口の周りに涎を垂らしながら,あの柔肌を箸 でつつき,“こいつめ,こいつめぇ〜,こうしてやる,こうしてやるぅ〜”な んて言えば,あなたも一人前の変質者だ。 だが,なんと不思議なことだろう,白焼きが品書きにないではないか。で もまさか鰻屋で白焼きがないはずがない。なるほど,品書きにない一品という やつか。 例えば蕎麦屋では,品書きになくても,焼き海苔,板わさ,天抜きなどは作 ってくれるはずだ。笊(ザル)があるなら焼き海苔も作れるはずである。おか めがあるなら板わさも作れるはずである(わさびを使わない出雲風の蕎麦屋で は,駄目かもしれない)。天麩羅蕎麦があるならば天抜きも作れるはずであ る。 まさか鰻屋で白焼きがないはずもあるまい。そこで頼んでみると,店員は不 思議そうな顔をして,“白焼きですか”などとのたまいやがった。私はあんま りじれったかったから,“白焼きだってぇ言ったら白焼きだ。四の五の言わね ぇで,とっとと持ってきやがれぇ,うぇ〜,うぇ〜,うぇ〜”と叫んだつもり だったが,声にはならなかった。私は小心者なのだ。 早速,徳利がやってきた。こうなるとますます以て白焼きが待ち遠しくな る。それまでちびちびとやりながら,待つことにしよう。私はもうすぐやって くるだろう白焼きを思い浮かべて,涎を拭いながら一人呟いた──“ふひひ, 恥ずかしがりやがって,でへでへでへ,れろれろれろ”(以下,意味不明につ き削除)。 ところが,なかなか出てこない。今か今かと待ちくたびれて,二合徳利三 本,既に空けてしまった。ようやく来た。驚いたことに,なんと,蒲焼きと白 焼きが同じ盆に載っている。私は激怒した。“白焼きってぇのぁ,蒲焼きの前 に出てこないと意味がねぇだろう,うぉ〜,うぉ〜,うぉ〜”と叫んだつもり だったが,声にはならなかった。私は小心者なのだ。 ここで,ご存じの方も多いだろうが,鰻屋の一般的な調理手順を確認してお こう(Outlook Expressをお使いの方は,レイアウトが崩れているかもしれま せん。“メモ帳”などのようなエディターソフトでご確認ください)。 客が注文する ↓ 鰻を捌く ├───────┐ ↓ ↓ 肝 身 ↓ ↓ 付け焼きする 素焼きする ↓ ↓ (a)肝焼きの完成 蒸す ├───────┐ ↓ ↓ (b)白焼きの完成 付け焼きする ↓ (c)蒲焼きの完成 (たれをつけずに焼くことを素焼き,たれをつけて焼くことを付け焼きと言 う)。鰻の身の付け焼きは,職人業の世界であり,大いに時間がかかる。従 って,手順上,当然に,肝焼きと白焼きは,蒲焼きよりも早く仕上がるはず だ。客はこれで一杯やって,蒲焼きが来るのを今か今かと待ちかまえるので ある。それが鰻屋の楽しみというものだ。 さて,その白焼きだ。あのふっくらとした真っ白な柔肌はどこにもない。薄 茶色がかってからからに渇いた得体の知れない物体がそこにあった。“なんで ぇ,こりゃぁ。俺が頼んだのは白焼きだ。誰が青大将の干物を持ってこいと言 ったんだ。俺ぁ蛇は食わねぇ,ぎょぇ〜,ぎょぇ〜,ぎょぇ〜”と叫んだつも りだったが,声にはならなかった。私は小心者なのだ。 私は忘れていた。関東と関西で,鰻の鰻調理法に極端な違いがあることを。 腹開き,背開きの違いだけではない。蒸す,蒸さないの違いがあるのだ。つま り,この白焼きは蒸していないのだ。蒸さない白焼きのなんと不味いこと! 店に入った時点で私は気付くべきだったのだ。最近では,関西風の蒲焼きは 関西でもあまり食べられないと聞くが,伝統技能を維持していく偉大な試み は,ここ高田馬場でしっかりと受け継がれていたのである。 だからと言って,蒲焼きが旨かったわけではない。ハッキリ言って不味かっ た。だが,関西の人は関西風蒲焼きを食べてるんだから,これは味覚の違いと 言うものだろう(なお,私が上方の料理を毛嫌いしていると思われると大いに 困る。例えば,野菜料理は全般的に,関東よりも京都の方が上だと思ってい る。うどんもそうだ。私も昔は濃い口醤油がたっぷり入った関東風の出しでう どんを食べていたが,なんと破廉恥なことをしていたのかと今では反省してい る)。これに対して,関西風の調理法で作られた白焼きはそもそも品書きにな いのだから,関西の人でも不味いと思っているのだろう。 それにしても,白焼きと蒲焼きが一緒に出てきたのは不思議だ。蒲焼きの方 を先に焼き始めたとしか思えない。事情に詳しい方はご一報を。 教訓:関西風鰻屋では,白焼きを食うな(つまみには鰻巻きでも頼め)。